• シェイク!Vol.16 「境界線を越える仕事」(5)<br>後藤繁雄(クリエイティブディレクター)×草彅洋平(東京ピストル代表取締役社長)×ターニャ (谷生俊美)(日本テレビ)

シェイク!Vol.16 「境界線を越える仕事」(5)
後藤繁雄(クリエイティブディレクター)×草彅洋平(東京ピストル代表取締役社長)×ターニャ (谷生俊美)(日本テレビ)

連載最終回。ここまでの流れをふまえ、ロールモデルなき人生をどう歩んでいくのか。
突然ハグをし始めるなど、最後まで終始予測不可能なトークセッションだった。

自分の物語は自分でしか書けない

後藤

書店は場所も大事だけど、この人がいるから行きたいっていうのもあるよね。

草彅

後藤さんがいる本屋があったらぼく行きます。

後藤

売るのうまいよ。これ読んだほうがいいよってすごく言います。

ターニャ

情報があふれているいまの世の中には、「この人の言うことなら信じられる」というメンターの存在は強く求められていると思います。

後藤

うーん、でも編集者にいちばん大切なのはすぐに忘れることだと思います。ぼくは、人に「ああしたほうがいい」「これ読んだほうがいい」ってよく言うんだけど、ぜんぶ忘れちゃう。10年後に「後藤さんにこう言ってもらったおかげです」って感謝されても、ぜんぜん覚えていないことが多いんです。編集者とメンターがオーバーラップするとすれば、そういう無責任さはないといけないですね。宗教の教祖になっちゃうとまずい。まあ、基本はおせっかいなサービス業。あなたにはこういう才能があるから、こうしたほうがいいよって褒めてお世話する仕事です。あと、友達にはならないようにしていますね。

ターニャ

慣れあわず、つかず離れずってことですね。

後藤

編集者はね、友達いらないと思いますよ。

ターニャ

プロデューサーとクリエイターって、確かにそうかもしれない。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと宮崎駿監督の関係性もそうだと思うんです。何十年と一緒にお仕事されているのに、お互い敬語を使いあっているんですよね。

草彅

さみしいなー。馴れあいたいなあー(笑)。

後藤

ぼくも若い人や学生にも敬語を使います。それは、二十歳でも天才かもしれないから、いつでもおつかえするモードに入れるように。

ハグをする後藤氏とターニャ氏
ターニャ

それ計算じゃないですか(笑)。それを積み重ねたら表参道ヒルズに住めるわけですね。

後藤

ああいう虚栄のところにぼくみたいなのが住んでいるって面白いでしょう。ゲームのプレイヤーみたいなものですよ。

ターニャ

なんだかフィクションみたい。

後藤

フィクションのなかに自分を入れちゃうのって面白いでしょ。

ターニャ

わたし、人生はエンターテイメントで、自分の物語を紡いでいく作業だと思っていて。

後藤

それはいいね。

ターニャ

自分の物語は自分でしか書けない。自分の人生なんだから書きたいように書けばいいんですよ。やっぱり女として生きたいって思ったのが40手前でした。40以降は女として生きると決意して今がある。

後藤

そのときに美意識が重要になってくると思いますよ。美意識がきっとあなたを支えることになる。

ターニャ

ここまでいろいろな模索がありました。セクシャリティふくめ、自分は何者なんだろうって考えて。ゲイではないけど、女になりたい気持ちがある。トランスジェンダー、まあ当時はニューハーフと呼ばれてましたけど、そういう人が好きなのかなあと付き合ってみたら、それも違っていて。結局ね、女になりたかったんだなーって気づいて。じゃあ、なろう。

後藤

つまり自分の理想形は自分のなかにあるってことだね。ロールモデルが外にない。

ターニャ

そう。ロールモデルがないの。

後藤

それがいいですよ!

ターニャ

だから名刺にも「誰も歩いたことのない道を」というコピーを書いてあります。トランスジェンダーでも、MTFと言われる、男性から女性になった方のなかにはトランス前のことを全否定する方もいらっしゃるんですよね。でもわたしは今までの人生を否定したくない。過去の体験が血肉となっていまのわたしになっている。

後藤

ぼくは長く編集をやり続けて、気がついたらいい年なんです。63歳です。人間は64歳くらいから老人になります。74歳頃までは使い物になるけれど、80歳ではもう使い物にならない。で、死んでいく。逆算に入ってきているから、これはこれで面白いわけですよ。若いときに戻りたいとかいっさいないですね。

草彅

達観してますね。

後藤

というより、開発欲があるんだと思いますよ。いかに人と違うように生きていくか。やっぱり自分は実験動物だから。

ターニャ

そういう境地になった自分をそれはそれで楽しむってことですよね。

後藤

文豪のような渋いかんじで行くのは違うと思っていてるので、先輩はどうやるのかなって、細野さんや坂本さんを観察していますね。

草彅

実験動物としてこれからどうしていく予定なんですか?

ハグをする草彅氏とターニャ氏。
後藤

アール・ド・ヴィーヴルを意識しています。これは「生活の芸術」という意味のフランス語。自分を芸術家にするのではなくて、生活を芸術にする。美しいよね。お金も機会もぜんぶ使ってそれをやろうかな、と。

ターニャ

楽しそうですね。

後藤

そりゃそうですよ。ぼくは大学で現代美術を教えているけれどさ、編集者で美大の先生になって現代アートの本まで自分で書く人ってあんまりいないと思うんだ。でも、してはいけないことは何もない。現代アートについて書くには、ものの見方の訓練はしなければいけないけれど、自分で自分を開発していくのって楽しいよね。

ターニャ

常に積極的に動いているのがすごいですね。

後藤

ぼくは見えるものと見えないものに興味があるんです。昔、美輪明宏さんのお宅にインタビューしにいったときに、家に記号のようなものが貼ってあることに気づいたんです。それで、インタビューが終わってから、そのことを聞いたら、「よく気がついたわねあなた。ここに来たひとで、聞いてきたのはあなたがはじめてよ」って、そこからまた話がはじまった。そこにあるんだけど見えてないものってたくさんある。それを発見しないとダメだけれど、それはトレーニングしないと発見できない。その発見こそが編集なんだと思います。だから退屈したことがないですね。

草彅

一度も?

後藤

ない! スランプもないです。だって、言語障害で二十歳まで喋れなかった時点で、もう死んだようなものだったわけです。喋れるようになっただけで人生いただきでしょう。自分をプレイヤーにすればいいんだから、こんな面白いことはないと思うよ。

ターニャ

私も、どう生きるかという悩みはないです。どうすれば自分が気持ちよくて、どうすれば幸せになれるかがある程度分かってきたので。そこを追求していけばいい。生きる道がクリアに見えてきた感覚はあります。後藤さんの境界を超えていく生き方にも力をもらいました。

[ 完 ]

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